アステリズムの導く先は
TeamA
登美丘 梨雨
客人
遠藤 想人
姫神 雛稀

(前置き・ナレーション)
 瞳の中には、一握りの銀河が詰まっていた。
 涙の中には一雫の希望が詰まっていた。
 黄金に光り輝く眼から、清く澄んだ水滴が零れる朱鷺、先達の封じた理は再び世に放たれる。
 堅牢な箱は、正しき鍵と天然の光によって初めて開き、力を持つ末裔に道を示すのだ。

 百と五十数年の時を越えて、今、星が巡りあう――


(テレビ・ワイドショー)
 アナウンサー「今朝のニュースをお伝えします。先日、正式に法人として認可されたAlt-ake――アルトエイク教団は、本日午後一時より、八王子の総本山教会のリニューアル後の姿を初公開しました。以前はなかった大ホールなどに注目が集まっています。それでは次のニュースです。本日未明――」


(プロキオンサイド)
 ――木造日本家屋の一室、女性が一人、黄色い宝石を手にして日光にかざしている。
 ――宝石は拳ほどの大きさで、繊細なカットが施されている。
 ――そこへ、柴犬が登場、唐草模様の風呂敷を背負っている。

 まめ太(犬)「ご主人、どうしたんだわん?」
 主人「ああ、まめ太。これだよ、『プロキオンの瞳』。たまには磨いてやらないとね」

 ――柔らかい布を手に取り、丁寧に磨いていく。
 行儀よく座り、主人の手元を見つめるまめ太。

 主人「そうだまめ太。私はまだこの『プロキオンの瞳』について詳しく話していなかったんじゃないか?」
 まめ太「その通りだわん。いつも、話してやるって言っておきながら、本題に入る前に違うことを始めてしまうんだわん。瑛理も聞きたがってるわん」
 主人「そうだったね。よし、今日こそ話してやろう。居間で聴かせてやるから、瑛理に茶でも淹れてもらって待っていてくれ。私はこれを片してから行く」
まめ太「分かったわん!」

 ――元気よく出て行くまめ太。主人はまだ宝石を見つめている。
A班挿絵1

(ゴメイザサイド)
 ――真夜中の暗い部屋の中で、ランプの柔らかい光のみ点けたすぐそば、ソファベッドに寝転がった男がいる。雫型の宝石をランプにかざして遊んでいるが、薄暗いため表情までは見えない。

罪策(ザイ)「こんな石一つで何億って価値にもなるらしいから、恐ろしいよな。ちょっと器用なら、すぐに同じものが作れそうなのに」

 ――ぽん、ぽん、と軽く放り投げているところで部屋の照明が点く。
 罪策が目をドアへ向けると、スイッチに手をかけた男。スーツの上着を腕にかけ、ネクタイを緩めながら向かっている。

 神埼(カイ)「人のもので遊ぶのはやめろっていつも言ってるだろ、ザイ」
 ザイ「ああ、おかえり、カイ。今日もお勤めご苦労様だな」
 カイ「僕が働いている間、お前ももう少しくらい文化的に過ごせないのか? そろそろ仕事を見つけたらどうなんだ」
 ザイ「この策士罪策、まともな職に就けるとでも?」
 カイ「誇るな。そして返せ」

 ――ザイが投げ上げた宝石を空中で奪ったカイは、それをガラスの箱へと仕舞う。白熱灯の下では青白い色がよく分かる。

 ザイ「君だって正式な所有者じゃないし、仕事だって人を騙すだけじゃないか」
 カイ「これはうちの先祖から伝わる宝石、『ゴメイザの涙』だし、僕は長男で正式に相続している。そして詐欺師は立派な職業だ」
 ザイ「戊辰戦争のどさくさに紛れて、どっかの殿様のお宝を盗んだかなんだったかだろう?」
 カイ「違う。忍の里の宝だ。それを騙して手に入れたんだ。だから売れないし、代々継がなきゃならない」
 ザイ「……忍?」

 ――何かを思い出したかのように、立ち上がって机から手帳を取り、めくるザイ。

 ザイ「たしかどこかに……あ、これだ。昔世話になった骨董屋の親父に聞いた話」

 ――手帳をカイに見せ、ゆっくりと話し出す。


(プロキオンサイド)
 ――居間には主人、まめ太、瑛理。

 主人「じゃあ、始めよう。知っての通り、『プロキオンの瞳』は我が流派の宝だ。だが実はこれには対になる宝石があってな。『ゴメイザの涙』という物らしい。それが今は行方不明で、どうやら明治維新の頃の分家独立騒ぎに紛れて消えてしまったという話だ」
 瑛理「対の物があるのですか、師匠」
 まめ太「分家が持っているのではないのかわん?」
 主人「ああ、これも実物は行方知れずだが、二つを合わせて使うことで始めて開錠されるからくり箱があるらしい。その中に何かいい物が入っているとかいないとか」
 瑛理「それは、まさか奥義の指南書とか――」
A班挿絵2
 主人「それも失われているからな。ありうる」

 ――茶をすする主人。


(ゴメイザサイド)
 ――説明し終えた罪策は、キッチンで飲みものを入れ始める。

 ザイ「――っていうの、知らないか?」
 カイ「なんか聞いた気もするな」

 ――ザイはインスタントコーヒーを二杯淹れ、片方はブラック、もう一方に角砂糖を五杯投入してスプーンを突っ込んだ。
 甘いほうをカイの前に置く。

 ザイ「どうせなら、『プロキオンの瞳』も箱も集めて、中身を見ようじゃないか」
 カイ「……本気か? 忍が所有しているんだぞ、面倒が目に見えてる」
 ザイ「この時代に忍なんざ怖くないだろう。それに」
 カイ「それに?」
 ザイ「策士と詐欺師が揃ってりゃ、たいがいの厄介事は回避できるだろうよ」

 ――マグカップを目の高さに上げたザイの顔を見て、数秒悩むカイ。その後マグを合わせて、苦笑いする。


(テレビ:アナウンサー)
 アナウンサー「先日、総本山である八王子の教会をリニューアルしたばかりのAlt-ake――アルトエイク教団ですが、明日、そこでオークションを開催するとのことで、お邪魔しています! 出品される物の中でも特に注目されているのが、こちら、『スタリバル』です! ベガとアルタイルの名を付けられた二つのジュエリーがセットになっており、並べると瞳から涙が零れているように見え――」


(ゴメイザサイド)
 ――八王子、オークション会場。
――総本山の建物は全体的にレンガ造りの建築で、中央に高くそびえる円錐状の大屋根が印象的だ
 ――カイとザイの視界には、プロキオンサイドも入っている。まめ太にだけ少し気をとられるもスルー。

 カイ「テレビで見たからって慌てて来たが、本当に『スタリバル』のアルタイルが『プロキオンの瞳』じゃなかったら無駄骨だな」
 ザイ「まぁ、そんなこと言うなよ。形はぴったり話通りなんだから。な?」

 ――上手く作った招待状を見せて席につく二人。


(プロキオンサイド)
 ――八王子の旧家ということで送られた招待状を見せて中へ。

 まめ太「拙者は外で待ってるわん!」
 主人「ああ、頼んだぞ」

 ――近所の子供と遊ぶまめ太。


――他の品から順にオークションは進む。


(ゴメイザサイド)
 ――オークション終盤。
 スタリバル登場。

 O.M(オークション・マスター)「さあさあ皆さん、お待たせしました! 本日の目玉商品の登場です! 本日はこの大変貴重な宝石をセットでの出品! それでは、最初は一億からスタートします。どうぞ! ――一億二千、一億四千、二億! 三十三番の方の二億です! 他にどなたかいらっしゃいませんか?」
 カイ「四億(札を上げながら)」
 O.M「出ました! 八十二番の方、四億円です! まだまだこれからですよ。他にいらっしゃいませんか!」
 ザイ「おいおい……流石に吊り上げすぎじゃないのか? いくら手に入れなきゃいけないとはいえ、もう少し様子を見てさ」
 カイ「だかこれで皆渋りだすはずだ。もうこれで競り落とせるかもしれ――」
 主人「六億」
 O.M「ろ、六億!? 九十一番の方、六億です!! これで決まってしまうのでしょうか!」
 カイ「(う、嘘だろ……!?)ろ、六億二千万!」
 主人「六億七千万」
 ザイ「(なんなんだあの女は。どこまでも食らいついてくる!)」
 カイ「そうだな……一か八かだ。七億!」
 O.M「八二番の方、勝負に出たようです! さあ七億! いらっしゃいませんか!?」
 主人「……七億五千万」
 カイ「くっ……な、七億七千万!」
 O.M「……とうとう決まってしまうのでしょうか! 他にいらっしゃいませんか!? ……九十一番の方、お止めになりますか……?」

 ――O.M、ハンマーを打ち鳴らす

 O.M「七億七千万円! 八二番の方落札です! おめでとうございます!!」

(プロキオンサイド)
 ――競り負けた後、他の参加者と共に退場しながらの会話。

 瑛理「惜しかったですね、師匠。まさかあの金額までついてくる人が他にもいるなんて」
 主人「なにか必死な様子があったな……もしかしてあちらも探しているのかもしれない」
 瑛理「『ゴメイザの涙』を?」
 主人「いや、ありうるとすれば、あちらが『ゴメイザの涙』を持っていて、『プロキオンの瞳』を探している方だろう」
 瑛理「ということは――」
 主人「つまり、スタリバルの片割れを私達が『ゴメイザの涙』と思って狙っていたのと同じように、相手もスタリバルの片方を狙っていたのだ」
 瑛理「ではあのスタリバルは――」
 主人「偽物、だな。買わなくて良かったかもしれん」

 ――はは、と笑って、見えてきたまめ太の方へ歩いていく。

 まめ太「お帰りなさいだわん!」
 主人「ただいま。まめ太、一つ頼みがあるのだが、いいか?」

 ――まめ太はゴメイザサイドの偵察へと向かった。


(ゴメイザサイド)
 ――正式に支払いを済ませた後、スタリバルが手元にやってきた。

 カイ「なあ、罪策」
 ザイ「なんだ、改まって」
 カイ「これ、僕達が探しているのは違う気がする」
 ザイ「そうなのか?」
 カイ「こうして並べてみると……」
 
――『ゴメイザの涙』と『アルタイル』を並べると、明らかに輝きに差がある。

 カイ「これがペアだとしたら、お笑いになるだろう」
 ザイ「無駄な買い物だったかもしれないな」
 カイ「金はいいとしても、労力が無駄になったな」

 ――涙だけを元へ仕舞うカイ。

 ザイ「個人的には、君と最後まで競っていた女性が気になるんだけどね」
 カイ「お前もか」
 ザイ「調べてみる価値はあるだろうな」

 ――そうして二人は思い思いの調べ方で女性を調べ始めた。


(Alt-akeサイド:声のみ)
 ?「あの旧家、予想通りスタリバルにだけ執着していたな。やはり『プロキオンの瞳』は保有しているようだ。次はいよいよ――おい」

 ――部下を呼びつけて命令する、一人の影。


(プロキオンサイド)
 ――ハッハッと舌を出し、一目散に走ってくるまめ太。
 
まめ太「ただいま戻ったわん!」
主人「おお、おかえりまめ太。どうだった」

 ――要約して伝えるまめ太。

主人「やはり、あいつらも同じ目的か……それにしても、まめ太にしては敵の情報が少ないな?」
まめ太「どうもうさんくさい奴らで、いろんな噂があってよく分からないんだわん」
主人「そうか……瑛理!」

 ――奥から出てくる瑛理。

 瑛理「お呼びですか?」
 主人「なるべく早いうちに直接乗り込む――作戦を立てるぞ」


(プロキオンサイド)
 ――一週間後。

 主人「準備はできたかい?」
 瑛理「はいっ!」
 まめ太「わんっ!」

 ――同時に返事をする瑛理とまめ太。まめ太は尻尾を立てて猛っている。

 主人「もし私達の調べたアジトが奴らの罠だった場合、留守の間にここへ入られでもしたらひとたまりもない。わざわざ罠へ『プロキオンの瞳』を持っていくのも馬鹿馬鹿しいが、今回は私が持っていこう。ところで瑛理、私の”死期”は視えるかい?」
 瑛理「見えないです。安心して下さい」

 ――そうか、と主人。くるりと踵を返すと、勢いよく玄関扉を開け放った。
 大丈夫、主人は死なない。私の眼には現時点では師匠に”死期”は視えない。大丈夫――そう自分に言い聞かせて、瑛理は主人とまめ太が持つ外の世界へと一歩を踏み出した。

(ゴメイザサイド)

 ザイ「――やはりか」
 カイ「ああ。オークションが終わった後も僕達を観察していたあの女性、予想通り忍の末裔にまず間違いない。それも、幕末の際に分家と争い、そして今もなお旧家として名高い本家の末裔」
 ザイ「これなら、オークションに参加できる資格も資産もあるだろう」

 ――ソファベッドに体を預け、ふぅと息を吐くザイ。

 ザイ「それに、女性について歩いていたあの女の子、目で見なければ存在に気づかないほどに気配を消していた。女性もなかなかの術者のようだが、あの子も油断できない」
 カイ「ああ」

 ――長髪を鬱陶しそうにまとめる罪策に、黒塗りのかんざしを渡すカイ。

――その時。


 ――突然の煙幕。あたりが煙に包まれる――

 ザイ「どういうことだ……前が……」
 カイ「気をつけろ。来るぞ!」

 ――飛んでくるクナイ。寸前でかわすもザイの髪にかすって切れる――
 ――壁に刺さったクナイを一瞥するザイ――

 ザイ「こいつは……まさか……」

 ――真横に気配を感じるザイ。とっさに攻撃をかわし小銃を放つ。窓が割れ、煙が逃げ、視界が晴れていく――

 ザイ「やっぱりあいつらか……。噂をすればってやつだな」
 カイ「まったく。けど僕としては好都合だ。わざわざ向こうから来てくれたわけだし」

 ――向こうの攻撃に応戦しつつ話をする二人――

 主人「思ったよりやるな……気を抜くなよ」
 瑛理「心得ております」

 ――一瞬のスキを突きつつ、カイがワイヤーを瑛理の首に巻きつける――

 瑛理「くっ……」
 カイ「さて、全部話してもらおうか。あんたたちは何者だ。何故僕達を狙う? それとも、今ここで死ぬかい?」

 ――銃を構えるカイ――
 ――その時、木の葉が舞い上がり、手首に衝撃が走った。
A班挿絵3
 ――思わず両手が緩む。

 カイ「しまっ……!」

 ――突如現れたまめ太に押し倒され、首に小刀を突きつけられる――

 カイ「い、犬!? ったく、どういうことだ……よっ!!」

 ――まめ太はあっさりと蹴り飛ばされる。
――体勢を立て直して初めて、カイは瑛理が消えていることに気づいた。
 ――まめ太は木の枝に着地し、瑛理の傍へと走る。
 カイ「クソッ、だめだったか……。ザイ、そっちはどうだ?」

 ――カイ、ザイの方を見やる。ザイは小銃で主人を撃ち抜いた……かに見えたが、変わり身の術を使われ、間合いを離される――

 ――まめ太、瑛理、主人は一ヶ所に集まる――

 カイ「ほぼ振り出しに戻ってしまった……。さて、これからどう攻――」

 ――ザイ、カイの手を握り締め、背後に隠れる――

 カイ「ザイ、お前どうした……?」
 ザイ「……あの犬、刀くわえてる……怖いよ……」
 カイ「お前、いい加減なんとかしろよ……。てか、クナイは大丈夫でなんであれはだめなんだよ」
 ザイ「あ、あれは、まだ刀っぽくなかったし……」
 カイ「……はぁー(こいつはこれがなけりゃ、もう少し使えるんだが)」

 主人「何故かは分からないが、今のうちに仕留める……」

 ――クナイを持ち直し、一歩を踏み出そうとした主人。
 ――しかし、それを瑛理は手で制した。

 主人「どうした瑛理? その手をどけてくれないか」

 ――深刻な面持ちで主人を見つめる瑛理――

 主人「まさか……見えたのかい? 私の“死期”が……」
 瑛理「(コクリ)。これ以上は危険です。ここは一旦引きましょう」

 ――カイ、ザイの方を向く瑛理――

 瑛理「突然このようなことをして申し訳ありません。見たところ、そちらは戦える状況ではなさそうですし、こちらもこれ以上の戦闘は避けねばなりません。そこで提案なのですが、今日のところは一旦停戦としませんか? その代わり、可能な範囲であれば、そちらの質問にお答えしまししょう」

――敵の言うとおり、奇襲を受けて応戦しているうちに、何故か戦える状態でなくなっているゴメイザサイド。
――どうして相手も休戦を望むのかは分からないが、カイは申し出を受けることにした。

カイ「おっしゃる通りだ。ここは一度やめにして、話し合いでも始めよう……おい罪策、いいかげんにしゃきっとしろ」
ザイ「(慎重にあたりを見回してから)よし、話し合いだな。それなら得意だ」
カイ「なんなんだよお前は……まあいい。そちらの素性は知っているから、改めて名乗らなくてもいい。俺は――」
瑛理「ご紹介には及びません。こちらもあなたがたのことは存じていますので」
カイ「……そうか。じゃあさっそく本題に入りたいところだが――(物が散乱して埃っぽいあたりを見て)まあその、あれだ、どっか適当に座ってくれ」

――おのおの敷物になりそうなものを手に、部屋の中央へ集まる。

瑛理「師匠、どこまで話しても良いものでしょうか」
主人「お前に任せよう。それに、言わずとも知っているかもしれん」
カイ「いや、知ってるのは素性くらいなもんだ。どうしてあんたらが『涙』を探しているのかはいまいち分からなくてね。よかったら教えてくれないか。理由によっちゃ、再戦だ」
瑛理「物騒なことを言いますね――まあいいでしょう。これを言わなければはじまりませんから」

――瑛理が説明をしようとしたその時。

まめ太「みんな、伏せるわん!」

――まめ太が叫ぶのと、主人、瑛理が回避動作を取るのが早く、遅れてカイが伏せ、さらに遅れて伏せようとしたザイの靡いた髪が何かに貫かれて数本切れた。
――ザイとカイには、何か、としか認識できなかった

ザイ「!?」
カイ「馬鹿かお前は。あんなあからさまなのなぜ避けない!」
ザイ「避けた! ただ遅かっただけだ!」
瑛理「お二方、喧嘩している場合ではないようです――次も来ますよ。今度は本気で」


――瑛理の手にはどこからか飛来したと思われる矢が三本。
――これにザイの髪は触れたらしい。

ザイ「射手は少なくとも三人。かなりの腕。飛んできたのは向こうだから――」

――さっき頭を射抜かれる寸前だったというのに、平気な顔をして立ち上がって考察を始めるザイ。

主人「この際方向は関係ないと思うが」
ザイ「いやいや、いくらなんでもここだってそれなりに立地考えて建て――!?」

――言い終える前に矢が四方八方から飛来。

カイ「だから馬鹿か! なんで頭あげるんだよ!」
ザイ「伏せてたら見えない!」
カイ「馬鹿! お前それでも策師か!?」
まめ太「つまらない言いあいしてないで、ひとまず逃げるわん!」

――まめ太の走る方へ、姿勢を低く保ったまま駆ける二人。
――瑛理と主人は既に先を走っている。

カイ「なあ、ザイ」
ザイ「何?」
カイ「色々起きたから危うくスルーしかけたが……あの犬、喋ってるのおかしいよな?」
ザイ「……そ、そういうことは安全な場所に行ってから話そうか」

――まめ太は颯爽と裏口を出て、走っていく。

カイ「ザイ、『涙』は?」
ザイ「ちゃんと持ってるぞ、ほら」

――途中幾度も道なき道を進み、ついに広い丘へたどり着いた。

ザイ「はあ……はあ……」

――息を切らし、地面に膝をつくザイ。しかし――

ザイ「っ!」
カイ「ザイ!」

――背後の薄暗闇から放たれた矢が、逸れることなくザイの足に突き刺さった。
――残る三人と一匹は足を止めざるを得なかった。

ザイ「くそっ……足に力が入らねぇ……」
瑛理「じっとしていてください。まめ太、薬草の用意を」
まめ太「わかったわん!」

――瞬時に傷の手当に入る瑛理とまめ太。もちろん、刀は風呂敷に隠したままで。
――主人とカイは武器を構えながら辺り一面を伺う。

カイ「僕達以外にも宝を狙う輩がいるってか!」
主人「そう考えるのが定石だな」

――主人はそう返し、薄暗闇の一点目掛けてクナイを投げる。
――キィンと金属音を立てて、クナイは地面に刺さった。

?「流石は本家の末裔、気配だけで私の居場所を当てるか」

――暗闇の中から静かに現れた声の主。

カイ「てめぇか、僕達を狙ったのは」
?「左様。既に君達は御役御免の身。駒に過ぎなかったのだよ、君達は。私の思う通りに行動し、そしてわざわざ私のオークションへと足を運んでくれた。感謝するよ」

――仮面の下で嘲笑うその声は、低く低く、地面を這ってカイ達の元に届いた。

瑛理「一体何が目的です」

――ザイの手当をまめ太に任せ、主人の横に並ぶ瑛理。

?「いやはや、まだ貴方がたはこの衣装を見て気づきませんか。無能にも程がありますねぇ」

――敵の装束に染め抜かれた紋を見て、突然主人の目の色が変わる。
――瑛理もそれの意味するものに気づき、後ろのザイとカイに声をかける。

主人「そうか……なるほどな。全てが繋がった」
瑛理「……お二方は下がっていてください、これは我々の問題です」

――瑛理の隣に移動するカイ。

瑛理「聞こえなかったのですか? いいから下がっていてください。これ以上あなた方を巻き込む訳には……」
カイ「生憎、このくらいで引き下がれるほどお利口には出来てないよ。僕も、そしてザイも」

――まめ太の静止を跳ね除け、よろよろと立ち上がろうとするザイ。

ザイ「……その通りだ。それに、敵を同じくした以上、曲がりなりにも我々はチームだ。この策師罪策、自軍を勝利に導かずしてなんと成せ、ってんだ。安心しろ、動かずとも戦える。援護は任せろ」

――二人の表情を見て軽くため息をつく瑛理。

瑛理「止めても無駄なようですね……」
?「そろそろよろしいかな? では、こちらから行かせてもらおう」

――殺気で一瞬空気が強張る。刹那、男の姿が消える。
ザイ「……!! アイツ、どこに――」
まめ太「後ろだわん!」

――ザイの背後で、男が掌底を打つ体制に入る。
?「食らうがいい!」
まめ太「木の葉返し!」

――葉っぱの壁が男の掌底を受け止める。直後、衝撃で爆発が起こりザイとまめ太は軽く吹き飛ばされる。
――砂煙の中、右手に炎を纏わせた男が、一瞬で間合いを詰め再びザイに襲い掛かる。

カイ「これでどうだ!」

――カイは銃を撃つが、砂煙のせいでうまく命中できない。男は、今度はカイに目標を定め、火球を放った。

カイ「ちぃっ、今日は訳分からないことが多すぎる……!!」

――間一髪でかわすカイ。しかし背後にはすでに男の姿が。

?「どこを見ている?」
カイ「しまっ……」
瑛理「そうはさせません!」

――クナイを投げ牽制する瑛理。男は瞬く間に距離をとった。まさに瞬間移動のごとく。

瑛理「やはりこれは縮地法……厄介ですね、師匠」
主人「ああ。だがおそらく私のほうが速い。これから一気に畳み掛ける」
瑛理「危険です! 直接戦ったりなどしたら……」
主人「瑛理、ここは戦闘の只中だ。それに〝死期〟からは逃れられないのだろう? 大丈夫だよ。私がなんとかする」

――男の方に向き直る主人。そのままじりじりと距離を詰めていく。
――主人VS男、超高速の対決が続く。状況は優勢……かに見えた。
――突如、瑛理の周りから火柱が上がる。

瑛理「きゃっ!!」
主人「瑛理!?」

――一瞬隙を見せた主人の心臓部に男の掌底が命中し、術の作用で爆発が起こる。
――数メートル先まで吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられる。

まめ太「瑛理!! ご主人!!」
?「おっと……邪魔をされては困る」

――駆け寄ろうとしたまめ太。しかし男は見逃さなかった。

まめ太「きゃん!?」

――脇腹を蹴られ、宙を舞うまめ太。
――男は、装束についた葉っぱを払い落として主人に向き直った。

?「家来への教育がなってませんね。私から目を離すとは、愚弄にも程がある」
主人「くっ……」
?「この様な弱きものが、何世紀も前に同じ屋根の下にいたとは……身の毛がよだちますね」
主人「貴様……分家の者か……」
?「左様。そして今、先代の無念を晴らすため、末裔である其方をこの手で葬り去る者なり」

――ゆっくりと天に手をかざし、呪文を唱え始める。
――途端、冷たい風が吹き荒れ草がざわめき、空を分厚い黒雲が覆い尽くす。

主人「これは……まさか……!」
?「気づきましたか。これは、分家が生まれる前に分家当主が本家当主より盗んだ奥義……そして、今や分家の最終奥義となった技……」

――(うまい説明思いつかない……なんかこう、悪々しい表現)

?「これで、我らが無念は果たされる……」

――主人以外の者は、その光景をただ見ることしかできなかった。

?「(??????)!!」

――主人を、周りの土草と共に飲み込んだ黒塊は、徐々に小さくなり、霧散した。

瑛理「し……しょう……?」
まめ太「そんな……」
カイ「……」
ザイ「……」

?「くっくっく………」

――すぅーと深呼吸し、さて、と一言。

?「我が使命を終えた今、もはや宝石など無用の長物……死にたくなければ、すぐさま立ち去ることですね……」



暗転



――ザイたちのアジトにて。
――主人の亡骸をここへ運んだ一行は、どんよりとした空気の中で口を開くのはザイ。

ザイ「あの男、分家分家と言っていた。昔、何か因縁があったのではないかと思うのだが」

――瑛理は哀しそうな眼をしたまましばらく黙りこむ。
――顔を見合わせるザイとカイ。
――まめ太が何か言おうとしたのを遮って、瑛理はようやく話し出す。

瑛理「実は――」

――瑛理は本家と分家の因縁、そして『瞳』と『涙』にまつわるいわれを全て話した。

カイ「つまり、だ。僕らが聞いていた噂はすべて真実ってことか」
ザイ「そして、どこかに箱がある」
瑛理「箱については師匠からも聞いています」
まめ太「言ってたわん……中には奥義の指南書があるかもって」
ザイ「なるほど。ちょっと待ってくれ。……カイ、ちょっと」

――カイを呼び、こそこそと話す二人。
 ――ザイは頷き、そして瑛理とまめ太に向き直った。

ザイ「さっき、どこかと言ったのは撤回する。かなりの高確率で、箱はさっきの男――Alt-ake――アルトエイク家教団のトップ、竹内帝啓(たけうちていけい)の手の中にある」
瑛理「え、あなた、どうして……」
ザイ「策師はね、意外と周囲を観察しているんだ。あの男の紋と、Alt-ake――アルトエイク家教団のシンボルマークが同じ意匠の焼き直しであることくらいすぐ気づく」
まめ太「でも、あの宗教のトップは神だと言って演説でも顔だけは布で覆って絶対に見せないし、あの男も仮面を―かぶっていたわん」
カイ「それはな――(教祖竹内の声で)この声と(襲撃してきた男の声で)この声が、出し方に大差ないからだよ。同じ声の高い低いくらいは、声帯模写のできる僕には同じ声だと判別できる」
瑛理「じゃあ――」
カイ「攻める場所も分かった、攻める相手も分かった」

――ニヤリ、罪策は笑う。

ザイ「さあ、弔いの戦を始めよう」




――瑛理とまめ太が戦闘の準備の為に屋敷に帰った後、カイはザイに聞く。

カイ「悪いな、怪我したお前のことも考えず、箱を探すことを決めて」
ザイ「いいよ、どうせ同じことを考えていた……途中で邪魔されて黙ってはいられないし、何より――」
カイ「楽しそう、か?」
ザイ「そういうこと」

――カイもザイも、元は組織の中で生きていた人間。
――堅気に戻ろうとしても、その刺激の魅力に中毒になっている彼らは、どうしたって血生臭いことに惹かれてしまう。

カイ「まあ、箱の中身はこちらがいただくけど」
ザイ「当たり前だ」

――ザイはそのために策を講じたのだから。
――罪作りな策師、罪策。此度その被害に遭うのは――




――深夜、八王子市内某建物内。

瑛理「お二方、今日は私たちのためにわざわざすみません」
ザイ「いや、策師は最後衛だ。リスクはないから気にしないで」
カイ「最前線に出る僕はどうなる」
ザイ「君はほら、変装するんだし関係ないよ」

――忍装束姿の瑛理とは対照的に普段着そのままに近いザイ。
――カイは既に変装済みで、中年男性の姿。
――まめ太の首輪には主人の形見ともなった『瞳』が取り付けられている。

ザイ「作戦の最終確認はいい? もう大丈夫かな」
カイ「完璧だ――むしろお前が下手ふんで死なないかが心配だ」
まめ太「そこはこのまめ太に任せてくれればいいわん」
カイ「そうか」
ザイ(モノローグ)「(標的はAlt-ake――アルトエイク教団総本山。ここは竹内の私邸でもあるから目的は果たせるはず。そしてその目的はそのどこかにあるだろう『箱』を見つけ出し、『瞳』と『涙』を用いて中身を取り出すこと。今回、策師罪策の組んだ配置は、内部潜入に変装したカイと気配を絶った瑛理さん。後衛に司令塔策師と最終特攻役のまめ太。宝石は両方とも後衛側にある。これは、万一の場合でもAlt-ake――アルトエイク教団が箱を開けることがないようにという保険、そしてもう一つ――)」
カイ「じゃあそろそろ出る。全員、また笑顔で会おう」
ザイ「よろしく」
瑛理「頼みます、神崎さん」
まめ太「信頼してるわん」

――先行して動き、途中で何度か変装を替える手はずのカイを送り出す。

瑛理「罪策さん」
ザイ「うん?」
瑛理「神崎さんは私と合流する頃にはどんな姿でしょうか」
ザイ「さあね。長いこと付き合いはあっても、カイは何にでもなれるから予想がつかない」

――時間になり、瑛理が出る。
――そしてザイとまめ太が動き出す。

ザイ「そろそろ行こうか」
まめ太「そうだわん」
ザイ「では、いざ――」




――総本山正面入り口。
――酔っているらしく、ふらふらと歩く若い女が一人。

女「すいませーん、終電なくなっちゃってー……あははっ?」

――大声でそう主張する女に気づいた中の者が出てきて、タクシーを呼ぶよう促す。

教団の人間「代わりに呼ぶので、帰りましょうね」
女「ダメダメ、門限破っちゃったからぁ、どうせ入れないのぉー。ねえ、ここ教会なんでしょ? 泊めてよー、えっとあれなんだっけ、そう、慈悲、慈悲慈悲―あはっ」

――話にならない上にこれでは近所迷惑になると判断し、教団の人間は女を抱えて中に入った。
――建物に入る直前、一瞬だけ上空に向けた視線は――カイのそれ。
――視線の先には瑛理。

瑛理「……」

――瑛理は締まるドアをすり抜け、無言で建物の中へ。すぐに天井へ移り、発見を逃れる。

――一方その様子を800メートル離れたビルの屋上から、ライフルのスコープを通して見ていた後衛、という名のザイは、面白そうに笑っていた。

ザイ「いやあ、カイはなかなかやるね。あんな美人に化けるなんて。声がいいよ、声が」
まめ太「それはもういいわん。それより瑛理のことも教えてほしいわん!」
ザイ「彼女も上手いね。カイからのとても合図とは呼べないような合図でちゃんと侵入してたよ。いやー、楽しみだ」


――総本山内部。

教団の人間A「ここは医務室です。寝心地はよくないかもしれませんが、自由に使ってください」
女「ええ? 全然気持ちいいけど? あはっ」
A「……それはよかったです。ただ、少し心配なので、女性を同室させますね。呼んでくるまでは大人しくしておいてください」

――出ていくA。外から鍵のかかる音。

女「布団、あったかーぃ、あはっ――と、うまくいったな」

――服装や髪はそのままだが、表情と声色を元に戻したカイは、天井の通気口を見上げる。

カイ「いるんだろ?」
瑛理「……分かりますか?」
カイ「いや、そういう手筈だから……」

――金網を外して無音で降り立った瑛理は、まだ気配を解放していないために少し揺らいで見える。
――それを視界の隅にうつしながら、カイはベッドのふくらみをそれらしく整え、ダミーとしてウィッグを取って置いていく。
――いつの間にかまた見知らぬ青年に変装しているあたり、プロだ。

カイ「じゃあ、見張りが来ないうちに隠れるぞ」
瑛理「もちろんです。手を貸しますので上へ」

――瑛理のアシストもあって、スムーズに天井裏への移動に成功した二人は、本格的に行動を開始した。


――後衛。
――震えるスマートフォン。
ザイ「ん、カイだ。第二段階突入だって」
まめ太「ということは――」
ザイ「GO、だね、忠犬くん」


――総本山の最深部にしてもっとも高い部分、中央の大屋根は、内部に音を反響させる構造を組んでいるために隙間がある。そこにカイはいた。
――瑛理はそこよりも敵と遭遇する危険の高い部分を担当し、手分けして箱のありかを探っているのだ。

カイ「ここは倉庫とかそういうまともな部屋にはなってないな……やっぱりあのくのいちの方が当たりか……うーん、僕も気配を絶つ練習しようかな」

――そう呟いて、降りようとした時、声が聞こえる。

修行僧「くそ、やっぱり侵入者か!」
修行僧「胡散臭いとは思ったんだよ!」
修行僧「じゃあなんで中に入れた!」
修行僧「そりゃお前」
修行僧「美人だったからだよ、ちくしょー!」

――そこらじゅうの電気がつき、教団関係者が走り回る。

カイ「どうも、変装が罪作りだったらしいぞ罪策……。女装は嫌だと言ったのに、やれと言ったお前のせいだろう、これは」

――独り言を言っている場合ではないが、むしろ動かない方がいいと判断したカイは、代わりにザイへメッセージを送る。

カイ「予想より早くバレた。応援急げ……と」

――瑛理は事態を真っ先に感知していた。
――まめ太の気配は近づいている。合流できればもう直接戦に持ち込んでもどうにかなるだろう。
――早く来い、そう願って目を閉じる。

まめ太「わん、わん!」

――来た!
――瑛理の目はぱちりと開き、まめ太の気配を探れば、裏口のあたり。
――鳴き声はわざとだ。……囮になるよう罪策が発案したから。
――再び目を閉じまめ太へちかづく気配を数える。
――3,4,5……7……、うん、大丈夫、大した数ではない。
――まめ太に敵の大半がひきつけられたのを確認したのち、瑛理は戦意を放出した途端、邂逅した。
瑛理「神崎さん、頼みます」


――まめ太と瑛理の戦闘が始まったらしいことを悟ったカイは、第三段階に移った。
――取り出したるは、スマートフォン。

カイ「高尚な建築だからこそのオープンな情報。いいね」

――とある建築業界の雑誌で公開された総本山の設計図をPDFで取り込んである。

カイ「今ここにいて……ここはさっき見たし、ここは……」

――事前に目をつけていた内部の部屋、空間を全て見終えたことを確認したカイはPDFを閉じてまたザイへメッセージを送る。

カイ「やっぱりお前の読み通り……と」

――そしてワイヤーの端を引っかけると一気に飛び降りた。


――寝転んで暇そうなザイ。

ザイ「おっ、カイから報告……ああ、やっぱりね」

――嬉しそうに笑った後、ザイは体を起こし、ライフルの方へ。
――まず髪をまとめて、ライフルのセッティングに入る。


――カイは時折遭遇する教徒たちを拳銃とワイヤーで器用に蹴散らしながら、ある場所を目指していた。

カイ「あの二人は言わなくても分かってるだろうし、このまま一気に攻めようか……!」

――言った瞬間に正面に現れたステンドグラスに突っ込み――外へ。
――色ガラスが派手に散る。
――その光の反射に紛れて伸びるワイヤー。カイは実に狡猾に壁を登り、大屋根の上へ出た。

カイ「ふう、まだ鈍ってないみたいでよかった」

――そう安堵した瞬間、背後に気配を感じて咄嗟に回避する。

カイ「って、あれ……」
まめ太「よ、避けないでほしかったわん……」

――カイにぶつかって止まろうとしていたらしいまめ太が屋根の傾斜にぶつかって痛そうに頭を振る。
――囮役になった割には怪我もそう多くなく、むしろ元気そうだ。
――と、そこへもう一つの気配。
――今度はカイも失敗しない。

カイ「よ……っと!」
瑛理「……恩に着ます」

――この跳躍が無茶なのは作戦の段階から分かっていた。
――だからきちんと対応し、カイは瑛理をしっかり受け止める。
――飛んできたまま受け止めたのだが、綺麗なお姫様抱っこになっている。
――それに気づいた瑛理が若干慌てる。

瑛理「ええと、おろしていただけますか?」
カイ「ああ、ごめん」

――そっと屋根に降ろしてやり、カイはザイに連絡を入れようとした。その時。

竹内「貴様らか、好き勝手してくれたのは……」

――襲撃の際と同じ格好の、竹内だった。

カイ「案外早いお出ましだね」

――連絡する間もなく進んだ第四段階に、カイはザイと通話状態にすることで対応する。

瑛理「――!」

――早速飛んだクナイを、竹内は手をかざして退ける。

竹内「随分な態度だな。人の家へずけずけと上り込んでおいて。せめて名乗ったらどうだ」
瑛理「名乗る名はもうない――敬愛する師の仇を取りに参った!」

――瑛理の手から放たれた電気を帯びた風が、竹内の仮面に触れ、それを割った。
――素顔が露わになる。

カイ「ちょっと待て、早まるな! 『箱』は――」

――作戦を忘れて私怨に走る瑛理を止めるべくカイが動くが、激しい忍術のぶつかり合いに阻まれる。

まめ太「常人には無理わん……でもこのままじゃ勝つのも……難しいわん……」

――心配する忍犬を見て、カイは考える。
――そしてスマホに叫ぶ。

カイ「おい罪策! 立て直せ! 策師だろ!」

――遠くに置いたスマホから伸ばしたイヤホンをつけ、ザイはカイの声を聴く。

ザイ「うん、分かってる。だけどさ……もう箱の場所も大体分かったし、むしろ分け前のことを考えると――」

――スコープ越しに不敵に笑う。




――瑛理と竹内の一騎打ちはまだ続いており、瑛理の劣勢が続く。

カイ「あいつ楽しんでるな……くそ」
まめ太「いい案があるわん!」
カイ「うん?」
まめ太「『箱』を先に見つけて、それを条件にするわん」
カイ「なるほど……で、『箱』は?」
まめ太「……これでも犬わん!」

――こちらへ転がってきていた仮面の匂いを覚え、大屋根を探すまめ太。

カイ「(……設計図からして、あるとすればこの大屋根のどこかにある隠し物入れ。煉瓦が紛らわしくて夜には見つけにくいが――)」
まめ太「こっちだわん!」
カイ「あ、ああ。(早いな、おい)」

――呼ばれた先には、確かに触ると違和感のある部分。

カイ「ここらしいな……おい罪策、『箱』あったぞ、どうする?」
まめ太「ここへきて、『涙』をくれないと開かないわん」
カイ「それもそうだ。お前早く来い」

――応答はない。
――カイがついに耐えかねて怒鳴ろうとしたとき。

竹内「師と同じく、奥義で逝くがよい……!」

――瑛理は怪我と体力の限界のため、崩れ落ちて動けない状態になっていた。
――空に黒い雲が集まり始め、まめ太がはじかれたように走り出す。

まめ太「瑛理!」

――間に合わない、そうカイは目を瞑った。
――ッターン……!

カイ「……え?」

――傾いだのは、竹内の身体。




――スコープを外して観察し、ショットの成功に小さくガッツポーズをして見せる罪策。

ザイ「今一番利益が上がるのはこれだから……あの奥義とやらのために静止するのは絶好の狙撃タイミングだ」


暗転



――暁の空、総本山の大屋根には3人と一匹が小さな箱を囲んで立っていた。

カイ「さて……さっさと中身を見よう」
瑛理「そう……ですね」

――瑛理がまめ太の首輪から『瞳』を取り、どうにもザイが手放そうとしない『涙』はカイがもぎとる。

まめ太「何が起こるかは分からないから、各自で安全を確保してほしいわん」
ザイ「そんな無責任な」
カイ「いいから開けるぞ」
瑛理「ええ」

――『瞳』と『涙』がほぼ同時に『箱』のくぼみにはまり、そして――

一同「……え?」

――ぴきっ。

――ヤバい、全員がそう悟った瞬間には、既に時遅し。
――2つの宝石の色をそのまま映し出したかのような美しい光が、だが凶悪に炸裂した。
――それは真下の建造物を地下まで貫き、破壊する。

ザイ「うぉおおおお!?」
カイ「いいから黙って手を掴め!」
まめ太「二人とも危ないわん!」
瑛理「さすがに大人二人も庇えません!」

――その惨事は半日ほど続き、Alt-ake――アルトエイク教団は壊滅した。



 
Fin
inserted by FC2 system